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初めての閑話休題

最近はあまりにも日常が驚きの大変さで人生防戦一方って感じだったのだが、戦えば戦うほどに死の淵から甦るほどに強くなる戦闘ステータス変化系生命体としては今年の経験を糧に来年はもう少し攻めの姿勢をみせていきたいと無性に思っているこの頃。
   ・企業合併に伴うネーミング事情


企業が合併した時、両方の企業名を合わせた新ネーミングになるわけだが、共に妥協せずフルネーム入れようとするもんだから、時々すごく長い企業名を見受けられる。


確かに企業としては企業名としてのプライドを持っているのは分からないではないが、その新ネーミングを認識する我々の身にもなっていただきたいと思ったりもする。


もし、エンドステートメンツとワールドニューウェーブとサーバードットワールドといった企業があったとして、それが合併したとなれば『エンドステートメンツワールドニューウェーブサーバードットワールド』となるわけでもはや、意味が分からなくなる。

もはやギャグとしか思えない領域である。




   ・幸運システム


今のところ幸運のグッズや各種方法論については思い込み以外の効果は認められていない。


もし効果があるのであればニートの増加傾向が止まらず溢れかえるような社会になるはずがない。


今のところ、男女を確実に生み分ける技術は確立されていない。もし確立されているのであれば、ロイヤルファミリーの後継者問題でバタバタするはずがない。


今のところ、毛髪を画期的に生やす技術は開発されていない。もし開発されているのであれば、金のある有名人が今そこにある危機に手をこまねいているはずがない。



このみっつのうち、どれを一番現実化させるとすれば、毛髪だと思う。毛髪で涙する大人の男性の姿は見たくない。


幸運の効果が現実化すれば全ての問題が解決するだろうが、私は現実化してほしくはない。幸運は叶うか叶わないか分からないほうがいい。

据え置きゲームがピンチ。その2

前回の記事から、ゲームソフトが売れない、ゲーム業界の危機を感じるさせるような、そんな思いの続きです。


基本的にゲームは大好きではあるが新作が発売されてもなかなか買うまでには至らない。所詮は素人レベルの弱者なので勝手すぎる認識だとは承知しつつも、どうも最近自分のゲームに感じる体感価格がズレてるような気がする。

1000円とか、1500円とか、そのくらいが無理しない正直な体感だ。これは初期投資が安いスマホゲームの話題ばかり耳にするからかもしれないのだが。


スマホゲームは全くしない。スマホゲームについてはCMで見たりネットで話題に上がった記事を読んだりする程度。まったくの無知といえる存在である。

いざ実際にプレイしたら特に欲張らなければ手を出ことはないと決心のようなものがある。もしも湯水の如く注ぎ込む課金人生を満喫していたならば、もしかしから1000円、1500円といったゲーム体感価格にはなっていなかったかもしれない。


しかし1000円、1500円といったゲーム体感価格になっているとはいうものの、金がかかる超大作RPGなのは今の価格相場でも全然納得ではあるのだけども。

お金が掛かっているのだから、ある程度の高価格設定で売り出さなければ元が取れないのだから当然の対価だ。

その結果、高価格設定にしたのに大ヒットして売れて、こんなにお高めな値段にしなくてよかったと思いつつ、大儲けな状態になるのは開発努力の賜物なのだから当然の褒美であり、逆に全然売れなくて大赤字になるのも当然の責任になるのだから。



シンプルで低価格をウリにするゲームシリーズもあるが、どうも感覚的に『シンプル』という括りが個人的に受け付けられない。

いや、シンプルなゲームはむしろ受け入れるスタンスではあるのだが、一点集中のやり逃げゲームが最新作で、この価格で色々と発売され続けてくれれば色々と買うと思ったりもする。もちろん、あくまで個人的主観によるものなのだが。



たまに何か発見したくなって購入する気持ちを持って家電量販店まで出掛けてのゲームソフト売り場にいくこともあるのだが、一通りラインナップを見てもなんだか寂しいというかアイディアが新鮮で魅力的だったゲームの二番煎じ的なゲームばかりの印象があって、結局何も購入しないまま引き返す事が多い。


もっと手軽で雑多で作品じゃなく、遊ぶ「フィールド」が欲しい。ある魅力的なキャラで遊ぶんじゃなくて、遊ぶところのナビゲーターがたまたま魅力的なキャラだった、という感覚が。

据え置きゲームがピンチ。その1

ネット閲覧していると、どうやら最近「ゲームが売れない。全然サッパリな問題状況」といった感じの、悲しそうな声が聞こえてくる程のグチを言わずにいられない切実な事情が見受けられる。

最近の日記で複数ゲームに熱中したり没頭したりと、久しぶりのゲームブームが訪れている自分としてはどうもピンと来ていない状況であるのだが、

そういえばあのゲームが爆売れしただとか、人気あり過ぎてCMバンバン流れたり、人気あり過ぎてCM内で「100万本突破!」とかいっている話をゲーム機本体を販売している某メーカーしか聞かない。

その某メーカーのゲーム機はいまだ安定の売れ行きだとか好調とか聞くのにゲームソフトは売れていない不思議とか、とにかくいろいろあって、ゲーム関係で働いてる方々の、それも開発、店員といったいろんな部署的視点になるとどうも切ない話ばっかり、リアリティを帯びて伝わってくるようだ。

生意気盛りの頃は随分好き勝手言っていたりするのだが、それはまだゲーム業界が好き勝手を跳ねかえせる程元気で体力のあった頃のことで、今はほんとに弱々しく必死の防衛本能全開で頑張っているといった状況なのだとか。

要因はいわずもながかなのスマホゲーム進撃によるユーザーのニーズの移り変わりによって、据え置きゲーム機のゲーム顧客層離れ。

ゲームセンターも客層離れで潰れる店が続出して危機状態といったことになっていると思えば、いまでは思わぬシニア層客の増加で持ちこたえた状況となっていたりするのだけれども、

ゲーム機のシニア層の増加は、ちょっと見込めないだろうなぁ。認知症防止に効果的とは言われるけれども、実際ハードルは高いものがある。

厳しい現実の話だったが、昔のゲーム業界の印象としては「随分とバブルだな」だったという事だ。

別にゲーム業界に身を置いていたわけではないが、書店に並ぶ関連雑誌の多さとか記事内容からみて業界は元気がよくて人もお金も動くからか、漫画やアニメやその他のソフトメディアにくらべてひとまわりもふたまわりも、なんかドンブリで過信的というか、そんな印象だったのと思う。

しかしいまSNSでよくぶっちゃけている業界の関係者は「ウソ!ヤメテ!」というくらいの現状で頑張っていたりするわけだ。大変だな。大変ではあるとは思うのだが、そんな方々が踏ん張って頑張らないとゲームは生まれないのだが、それがなかなかヒットしないとなると、しさのスパイラルに陥っていて、なんともいえない気持ちになる。(続く)

お肉がおいしい。

知人達と集まって話していたら夕暮れ時になったので、みんながお腹が空いたという流れになったので、知人の一人が美味しいステーキ屋があるからみんなで行こうと提案した。

そこはちょっとビジネス街にあるおしゃれ店が立ち並ぶ感じの地区で、そんなおしゃれなところでディナーだとかいままでやったことないこともないのだがいささか不安だったりしたのだが、せっかく誘ってくれたのだからとその店に向かうことになった。

すると向かっている途中に楽しくなって、お肉を食う前に、また知人の一人がいきつけというプラモ屋さんに行くことになった。その店はとても品揃えのいい、嬉しくなるようなプラモ屋さんだった。

プラモ屋さんなんて行ったのは何年振りだろうか。そんなことを思うくらいに今はプラモ屋さんが見受けられなくなってきているので、プラモ屋さんに行けたといういうだけでもう幸せだった。

店内の品揃えがプラモデルブームの頃が目に浮かぶようだ。テーブルゲームで使う銀色のした人やモンスターといった造型のコマが売ってある。カラフルなダイズが大量に乱雑に置かれて売られている。などと一人ニヤニヤしながらプラモデルだったりプラモデルでなかったりするものを眺めまわっていると、

なんとそこに子供の頃買って作って遊んでいたあの懐かしきプラモデルシリーズを見つけた。しかも幾つかあったセット売りの中で特に人気だったセットだ。

もちろんそのプラモデルを持ってレジへ持っていき買った。すると知人に「買うと思った」と言われてしまった。

そんな宝物の宝庫だったプラモ屋さんを惜しみつつも後にして向かったステーキ屋にいくと、とてもいいお店で、カントリーとオールデーズな雰囲気の良い内装という、美味しいこと間違い無いといった期待が持てた。

壁をふとみると、あれって超有名だったような記憶のある芸人の写真。懐かしいなぁと思ったら、どうやらここでアルバイトをしていたのだそうだ。

お肉はやわかく、アメリカンコーヒーはミルクを用意しない徹底ぶりで、全てが美味しかった。

ここは、知人が学生の頃からのなじみの店らしい。なじみの店を教えてもらうのはなんだか幸せな気分になる。

あまりに楽しみすぎて帰りはヘトヘトになったのだが、小わきには懐かしき思い出のプラモデル、お腹には牛と、どれもこれもいい感じの一日になった。

久しぶりのゲーム三昧

知人が先日ネットを閲覧していたら、偶然興味を持っていたゲームのサブアイテム的なデバイスを手に入れて喜んだという話を聞いた。

羨ましくもありながら、あまり興味のないようなふりをして会話していた。

知人のようなデバイスどころかそれを接続するゲーム機もないけど、やっていな古いゲームならそこそこあるからと、ちょっと悔しさを残しながら自宅でゲームをすることにした。

そういえば大分前に買ったはずだと家捜しして見つけたゲームを引っ張り出してみたり、お気に入りだったけどもったいなくて未プレイのゲームも見つけた。

ゲームは結構頻繁にプレイしているのだけど、こんなに複数ものゲーム漬けになったのは何年ぶりだろうか。

その中で一番ハマったゲームは、未プレイのゲームだった。さすがにお気に入りだと読んだだけのことはあった。

これまでシリーズ化として続いていたけれど、買い続け、がっかりし続けてた当ゲームだったが、今回プレイしたシリーズは、良いスタッフに恵まれたと感じる内容だった。

ライト感とハード感の中間をうまく拾ったような、新規獲得を放棄したような。取説のストーリー紹介の気持ちがとてもよく伝わってきた。

難しいモードがまるで知人の考えたような印象だった。「解けはするけどそれはない」といって、他の人が誰もやってくれなくなるあの理不尽ににも思える感じの内容が、なんだか嬉しくなった。

ただし、ボタン操作におけるコンストラクトはちょっと微妙だと思う部分もあったが、全体的に満足で嬉しかったゲームだった。

いまや日進月歩のゲーム業界。ゲーム機の性能上昇により、より精密なグラフィック、より複雑となったゲームシステムによって、常に斬新な体験と手応えを与えてもらっているが、

あまりに進化するスピードが速すぎておいてちょっとついていけないといった実感も否めないところがある。

昔に戻って、なんては言わないが、たまには進化の道のりを立ち止まって、そこに存在する多くの作品に改めて手を出すのもいいかもしれない。

昔のゲームもいいものだ。荒いドットのキャラ達が動く姿は可愛いくもあるから。

深夜の座談会

ちょっと野暮用で、深夜から出掛けることになった。

電車が終わっている時間に出発となったため、深夜の二時頃という、いったいそんな時間になにしに行くのかといった時間帯に知人が車で迎えに来てくれて、そのまま目的地の集合場所へと向かった。

現地につくと既に到着していた人たちと合流する。しばらくして他のメンツもやってくる。どうしても個々の都合がなかなか合わせられず、やっとみんな集合できたのがこんな深夜の時間帯となったのだ。

ファミレスで座談会していたら、あっという間に時間になりおひらきになった。

ファミレスからまだ暗い外の町にふらりと出てまわりを見る、そのへん一帯はわりと古びた町並みなのに、見上げると真正面に新しい巨大ビルが建っている違和感。

パースがくるってんじゃないかって思うくらい荘厳な眺めだ。

少し歩くとこんどは墓場があって、そこの墓石越しにまたビル群をみると、これがまた似たような形どうしが対比しあった比喩象徴的な絵で、まるでどっかの映像巨匠が思い付くようなレイアウト風景が広がっている。

車で送ってくれた知人が家まで送ると言ってくれたが、知人の家は私の家と正反対の位置にあるので、2回も遠回りにさせるのは忍びないと、まだ暗いといっても始発も動きだしている時間だったので他の知人の方と電車で帰った。

なんとなく気になったので、いつごろ起きたのかきいてみると昨日の朝10時だと言われた。

その時の時間は朝の5時。大変だなぁ、家に帰ったらぐっすり寝るのかと話していたら、これからまた別の用事があるので、帰らずに用事の場所に向かうとのこと。

それから・・・その後も・・・と、途中で聴いてる自分が気が遠くなりそうになる予定を聞いたり喋ったりしてるうちに下車駅に到着。

こんな会話をするよりも少しの間でも眠ってもらったらよかったかもしれない、と別れ間際に気付いて謝ったら、眠ると二度と起きれなさそうと言われた。一理はあるけど、なんてハードスケジュールなんだ。

それから家に着いたのは朝8時。帰っても気持ちが落ち着かずなかなか寝付けず。

しかし、時がくれば自分は寝ることだろう。でもあの知人はたぶん、寝ないのだろう。

懐かしい本

本棚というと良さげな響きに聞こえるのもおこがましいくらいの、ただ無造作に本がつっこまれた状態の無惨棚を気まぐれで整理していたら、懐かしい本が出てきた。

それは家庭用ゲーム機で出たゲームを題材としたコミックで連載終了されているもの。この本を書いた漫画家さんがブログで述べていた所感が今も記憶に残っている。

このコミックが連載されていた雑誌で過去にも別の作品で連載されていたものが終了した後、雑誌の担当から「少年マンガを描いてほしい!」ということでこのコミックの連載がスタートしたのが経緯とのことだった。

別の作品が心残りな状態で終了させてしまったこともあって自信も無く、随分悩んだすえに再チャレンジを決心したんだそうだ。残念ながら十分な力になる事ができず自分の未熟さを痛感したと語っていたのだけど、

よい終わり方をしたんじゃないかと思っていた。なかなか作者の本意と読者の所感は一致しないものだ。

あと、この作品はその題材となったゲームのサブアイテム的な位置付けとしてコンパクトな巻数にしようとは当初から考えていたそうで、コミック、ゲーム1、コミック、ゲーム2、コミックという構成を基本に、それぞれ作品テーマとゲームガジェットをちりばめていく、というコンセプトだったそうだ。

そのコンセプト通りになったのか分からないが、コンパクトな巻数で終了したこのコミック、少年マンガ的なものとして連載雑誌の看板になるくらい十分に支持を得られたらここより先に+アルファの展開をやりましょう!という打ち合わせを初期の頃にしていたと知って、そうなんだと思ったことも思い出した。

最後の展開が駆け込みがちになってしまった感はちょっと感じていたそうだが、なんだかネガティブな感じだけど、このコミックはびっくりするくらい売れるということはないけど、じわじわっと売れ続けていると聞いたときは、支持はしっかりとあったんだなと安心したそうだ。

末永く売れる本になってほしいな、と自分のできるすべてを込めて描いていたそうだ。

このコミックを描かれた漫画家は今も別の雑誌で連載していて、看板作品となったこともあって、漫画描いていてよかったなぁ、と他人事ながら嬉しく思うところだ。

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