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緊張感

井の頭公園を一人で歩いていると、100mくらい前方からセーラー服の女性と思しき人が、こちらに向かって歩いて来るのが見えた。

僕と妖怪以外は誰も歩いていないような、深い時間に暗い道をセーラー服の女性が一人で歩く風景は相当違和感があり、出来ることなら僕は一目散にその場を立ち去りたかったが、立ち去ることを決定して逃げることは、そのセーラー服の女性がこの世の者ではないと決定することでもあるので、それはそれで困る。

僕としては何もないことが一番なのだ。そんなことを考えている内にセーラー服の女性と僕の距離は徐々に縮まる。距離が近くなればなるほど女性が何故か大きく見える。

二人の距離が30mくらいまで縮まった時にはセーラー服の女性が僕よりも完全に大きいことは疑いようがなかった。

更に距離が縮まる。デカい。精神的に追い込まれているからデカく見えるということではなく、どうやらセーラー服の女性は単純に質量としてデカいようだ。

まるで格闘家のようだ。10m付近まで来て、確信した。

この人は女性ではない。カツラをかぶりセーラー服を着てはいるが間違なく男だ。

もしも彼と僕が本気で戦ったとしたら僕の命は3秒と持たないだろう。

自分の呼吸が荒くなるのが解った。もしものために僕はポケットの小銭を強く握った。これでパンチ力が増す。

などと思っている内にセーラー服のいかつい男は僕の至近距離まで迫っていた。

僕は無力にポケットの小銭をはなした。駄目だ勝てるわけがない。僕はフリーザーの前のクリリンだ。

しかし、セーラー服のいかつい男は僕に見向きもせず真直ぐを見てそのまま歩き去った。

奴は一体何だったのだろう?僕は大きく息を吐いて、胸を撫で下ろした。今日は早めに散歩を切り上げて早く家に帰ろう。そう思った時だった。

僕の真横を圧倒的な暴力の恐怖感が通り過ぎた。

奴だった。右手に缶コーヒーを持ち嘘臭いまでに背筋をただし前方の一点だけを見つめて音も立てずに去って行った。

奴は何だったのだろうか?どこであの缶コーヒーを飲むのだろうか?僕は奴が消えた先に背を向け足早に家を目指した。

しばらくすると遠くの方から、『ゴゴォ〜』と缶コーヒーを強力な力で吸うような、巨大で不安を煽るような音が聞こえた。

しかし、その音が奴のものなのか、水鳥園の鳥の鳴き声なのか、はたまた幻聴だったのかはいずれも定かではない。

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